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月2回ペースでの連載かな。
ガ島流ネット社会学
http://it.nikkei.co.jp/internet/column/gatoh.aspx
「逃げ場のない」SNS上の事件・安全神話への疑問
http://it.nikkei.co.jp/internet/column/gatoh.aspx?n=MMIT11000016112006
例のミクシィでの個人情報流出事件についての記事です。 まぁ、普通の記事だと思う。
「炎上」の発火源?・マスコミとブログつなぐ新メディアの台頭
http://it.nikkei.co.jp/internet/column/gatoh.aspx?n=MMIT11000029112006
「ミドルウェア」という言葉を使って解説を試みている。 自ブログでも分析中。
■[メディア]「ミドルメディア」と「メディアインフレ」
http://d.hatena.ne.jp/gatonews/20061203/1165162065
2006年12月現在の分析としては、あまりに杜撰だ。
これは、「影響力」の有る「マスコミ」に出すレベルではないだろう。
キーワードを、ただ並べただけじゃないか。
ミドルメディアというのは、もともとは地域密着型の情報発信ポータルなどをさしている言葉のようだ。
http://r25.jp/index.php/m/WB/a/WB001120/id/200508041106
ガ島氏の場合は、ソーシャルブックマークやソーシャルニュース、まとめサイト(ニュース)やハブブログなどを「ミドルメディア」と定義している。
かつての「アルファブロガー」という概念を拡張したような意味合いのようだ。
ソーシャルブックマークやソーシャルニュースが「集合知」によるweb2.0的手法で、まとめサイト(ニュース)やハブブログ(アルファブロガー?)が従来型の人の手による編集型。 そういう二つのタイプが有るとしている。
左側のマスであるほど「影響力」が強く、右側は「共感力」が強い、とのことだが…
この図に検索サイトが無いけれど、入れるとすると何処に入るのだろうか?
ピラミッドの頂点のマスメディアと、底辺にあるマイクロメディア(ブログ・2ちゃんねる etc.)の情報を整理するのが「ミドルメディア」であるらしい。
ピラミッドの頂点にあって影響力の強いのが「マスコミ」。 マスコミほど「影響力」はないが、「共感力」がそこそこの「ミドルメディア」。 「影響力」はないが「共感力」抜群な2ちゃんねる。 そうなのか??
矢印が情報流通経路ということらしいが…矢印が双方向ではなく一方通行だ。
この図で「炎上」のシステムを解明しようとしているようなのだが…
だとすると、もう1枚図が必要なのではないか? ミドルメディアから炎上ターゲットに向けて矢印が向かい、その後にネットいなごが付いていくようなのが。
そもそも「影響力」「共感力」というのも、何に対してどんな力があるのかが、さっぱりわからない。
炎上、延焼に力がある、ということのようだが…
それでは「集合知」は何処へいった? web2.0の集合知は「集合痴」にしかならないのだろうか?
――――
2005年当時のいろいろな研究については、土曜日に書いたエントリーで紹介している。
http://londonbridge.blog.shinobi.jp/Entry/234/
2006年も暮れようとするこの時期、こんな図で炎上を説明しようとするのは、なんだかなぁ…
マスメディアを頂点とするピラミッド、一方方向な矢印を見ると、なんちゅうか「ガ島氏らしい」とは思ったな。
【関連サイト】
YAMDAS Project 2006-12-04
■[Weblog] 女子大生ブログ炎上を機に、今一度問いたい(今更宣伝したい)「ブロガーの倫理」
http://d.hatena.ne.jp/yomoyomo/20061204/bloggerethics
「ウェブログの倫理」 著者: Rebecca Blood 日本語訳: yomoyomo
http://www.yamdas.org/handbook/weblog_ethicsj.html
1. 真実だと信じることのみ事実として公開する
2. マテリアルがオンライン上にあるなら、それに言及する際にリンクする
3. 誤報があれば公に訂正する
4. 後で変更する必要がないようにエントリを書くこと。またそうする場合もリライトしたり削除するのでなく、エントリを追加すること
5. 利害の衝突があれば開示する
6. 疑わしく偏向のある情報源には注意する
BUNTENのヘタレ日記(転落日記)
http://air.ap.teacup.com/bunten/
「あの」という形容をしちゃうのは、アスキーネットに'86年から参加されていた「有名人」御本人であるらしいからです。 (天漢日乗さんのコメント欄情報)
「ワーキングプアにすらなれない」 中年無職の閉塞状況
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2006/08/post_4e33.html
【ライブカメラ】
ベニス(ベネチア)の大運河とその周辺の町並み
http://turismo.regione.veneto.it/webcam/index.htm
ベニス(ベネチア)のホテル「ロカンダ・ストゥリオン」から見た大運河とその周辺
http://www.locandasturion.com/japanese/sturionjp.html
サン・マルコ広場とその周辺
http://www2.comune.venezia.it/webcam/
・( Piazza San Marco )←サン・マルコ広場の今の様子
・( Piazza San Marco - vista dalla Torre dell'orologio )←時計塔から見たサンマルコ広場の今の様子
・( punta della dogana )←海の税関からの景色
・( Canale di Noale - santa Fosca )←サンタ・フォスカ近くの街並みとノアル運河
高潮が襲来しているらしい。 満潮は現地時間の17:27、日本時間では明日の02:27。
サンマルコ広場が水浸しになるかもしれないそうです。
旭山動物園のライブカメラ
http://www5.city.asahikawa.hokkaido.jp/asahiyamazoo/zoo/livecamera/index.htm
【オタクネタ】
http://www.youtube.com/watch?v=i1ywPFclLI4
『恋のビームライフル』
http://www.youtube.com/watch?v=6NCrQyikakg
『ガンダム講談 ア・バオア・クーの戦い』
http://www.animate.tv/nf/detail.php?id=0000001009
EVA AT WORK最後の企画は「能舞エヴァンゲリオン」 画像有
http://blog.a-utada.com/chikyu/2006/12/post_be0f.html
論旨を抜き出してみる。
2ちゃんねるに晒されるよりもオタク系個人ニュースサイトに取り上げられるの方が、アクセス数が桁違いだった。
オタクの歴史について考察。
宮崎勤とオウム真理教の事件で二重に疎外された90年代半ばのオタクが、ウェブにはまったのではないか。
オタク系のサイトでは、政治的な色合いのあるものも多い
村上隆の編著『リトルボーイ』によると、鬱屈したナショナリズムの感情と日本のサブカルチャーが結びついている。
サブカル・オタクがパワーを発揮してきた日本のネットも、現実世界以上にナショナリスティックな空間になっていても不思議はない。
「ネット右翼」=「オタク」 論というか、プチナショナリズム論というか…
現実社会では少数派の「ネット右翼」=「オタク」のリンクパワー(?)で、日本のネット世論は偏向している、ということなのだろうか?
オタク論・ネット論・ネット右翼論として、それぞれに雑だなぁ。
詳しくは来年出版される本でということらしいが…
最初から結論ありきで、それに都合のいい資料や本のみを論拠にしているのじゃないか?
今現在のオタクを語るのならば、今年の「オタク・イズ・デッド」騒動ははずせないだろうに…
『リトルボーイ』展ルポ
AIDE新聞:コミケカタログ69出張版 (2005.12.10)
http://www.kyoshin.net/aide/c69/index.html
この展覧会は日本のオタク界(?)では、スルー状態だったことについての考察。
「かつてオタクと呼ばれた人たち」と「いま現在オタクを自称する人たち」は、呼称こそ同じオタクだが、その意味と質は著しく異なっているように思う。
http://www.kyoshin.net/aide/c69/08.html
そういう状況の中で、今年5月〜6月の「オタク・イズ・デッド」騒動。
岡田斗司夫が「オタク・イズ・デッド」を告知
http://putikuri.way-nifty.com/blog/2006/05/post_78fa.html#comments
トークショーのレジュメ
http://d.hatena.ne.jp/zozo_mix/20060527
東浩紀がオタク世代論補足
http://www.hirokiazuma.com/archives/000222.html
『動物化するポストモダン』で提案した世代論についての補足です。
オタク・イズ・デッドの感想や、それ読んでの孫感想へのリンク集
http://d.hatena.ne.jp/sirouto2/20060527/p2
はてなブックマークを貼ろうと思ったけれど、数が増えすぎて、それこそ玉石混淆状態。
騒動初期に活発に発言してたサイトから、TBやリンクをたどった方が効率的だと思う。
【追記】
「オタク・イズ・デッド」は同人本として、販売されています。
村上隆氏、『オタク・イズ・デッド』『月刊岡田2号』を絶賛!
http://books.bestseller.shop-pro.jp/?eid=117032
PodCastingで配信中 TOKYO FM Broadcasting
http://reco.jfn.co.jp/podcasts/tokyo/dojo/
(9月17日放送分)
5分ほどで、内容の紹介程度。 まぁ、あえて聞くまでも無かった
当時逃亡中の林泰男に宛てた手紙です。
オウム信者へ「早く目を覚まして」
この手紙が、あなた<オウム信者のこと>を始めとする潜伏中の皆さんの目に触れることを念じつつ書いています。
かつて、重大な過ちを犯した人間である私は、地下鉄サリン事件など一連の事件に関与したオウム真理教信者の方々に対し、痛ましい思いで深い同情を禁じえません。
あなた方は、サリンをまくためにオウム真理教に入信されたわけではないでしょう。また、地下鉄サリン事件を立案し、計画したわけでもないようです。教団の中にあって、たまたまその地位や立場が悪かったために指名手配され、実行に関与することになったのです。私自身の経験から、組織の中にいて、そのような指示を容易に拒めるものではないことはよくわかります。
僧侶の林さん<泰男容疑者のことか>と左翼の私とは、住む世界が異なりますが、それにもかかわらずお互いによく似た傾向があることに気づかされます。それは、カリスマ性をもつ指導者への帰依です。かつての私は、この傾向が人一倍強い人間で、恋も及ばぬほど熱烈に指導者を愛し、忠誠を誓い、この人のためなら死んでもおしくないとまで思っていました。
この盲目性から私は、組織が始めた武装闘争に加わり、獄中にいた指導者の奪還を企てたのですが、これが武器のエスカレートを招き、その過程に脱落した仲間を口封じのために殺害し、さらに、目的を変じて、山岳ベースでの大勢の同志殺害からあさま山荘でのろう城発砲へと、命がいくつあっても足りぬ罪を重ねてしまいました。
過ちに気づいたのは逮捕されてからでした。国内外の激動した情勢に、どうも自分たちの武装路線は適合していないのではないか、という疑問が芽生え、この疑問をつきつめてゆく過程において、なおも路線を堅持する指導者と衝突しました。そして、激しい論戦を経て、ようやく武装路線から脱却できたのです。
この体験から私は、自らの行為に疑問や迷いが生じた時には、何にもまして実感を大切にしなければならない、と心するようにしました。自分の心に感じたものにこだわり、それがスッキリするまで、しつこいように追求してゆく、ということです。
教団の中で、求道のため、麻原さんの指示を率先して実行した井上嘉浩さんも、今私と似たような体験をされているようです。
彼は、麻原さんの指示を実行していても自分の心は解放されず、かえって暗くなってゆくのはなぜか、という疑問にこだわったそうです。逮捕後、これをつきつめていった結果、一連の事件は麻原さんのエゴの実践に過ぎなかったとの結論に達し、法廷で麻原さんと対決してゆく意志を表明されました。
手段が悪いのは目的が悪いからだ、という言葉があります。実感を大切にされ、ご自分の判断で運命をひらいて下さい。
<>内は新聞社が書き足し。
この手紙とオウム事件の関連について、某巨大掲示板で話題になっていたものを、以下に抜粋します。
連合赤軍 永田・坂口両死刑囚の再審棄却 東京地裁
http://www.sankei.co.jp/shakai/jiken/061202/jkn061202002.htm
まだ再審請求の棄却がされてなかった事の方に驚いた。
再審請求はあの安田好弘弁護士が担当してたはず。
1993年最高裁で上告棄却、死刑が確定している。2000年に再審請求して、その判断がようやく下されたということなのだろう。
ちょっと前に連合赤軍の法廷闘争について調べていた。
裁判が革命運動の延長線上にあり、裁判制度がいろいろ戦術的に使われ、被告人同士の相互批判・自己批判の繰り返しがあり、刑務所改善運動・死刑廃止運動も絡んでいて、ものすごくウンザリした。
それはさておき、
坂口弘氏は1996年4月24日麻原彰晃こと松本千津夫被告の初公判に際し、朝日新聞社宛に手記をよせている。
当時、逃亡中の林泰男に向けてのメッセージです。
オウム信者へ「早く目を覚まして」
この手紙が、あなた<オウム信者のこと>を始めとする潜伏中の皆さんの目に触れることを念じつつ書いています。
かつて、重大な過ちを犯した人間である私は、地下鉄サリン事件など一連の事件に関与したオウム真理教信者の方々に対し、痛ましい思いで深い同情を禁じえません。
あなた方は、サリンをまくためにオウム真理教に入信されたわけではないでしょう。また、地下鉄サリン事件を立案し、計画したわけでもないようです。教団の中にあって、たまたまその地位や立場が悪かったために指名手配され、実行に関与することになったのです。私自身の経験から、組織の中にいて、そのような指示を容易に拒めるものではないことはよくわかります。
以下略
ほぼ原文のまま。 <>内は新聞社の書き足し。 手記全文は次のエントリー
さて、2006年3月筆名を松永英明と名乗る元オウム信者が手記を書き始めている。
その中の一節
オウム・アレフ(アーレフ)の物語
http://aum-aleph.g.hatena.ne.jp/matsunaga/20060320
オウム真理教は、いつの間にか「テロ組織」として認定されていた。だが、これは理解していただきたいところだが、テロリストになりたくて、あるいはテロを起こすためにオウム真理教に入った人はいないということだ。テロを起こすことは団体の目的ではなく、入信する動機が「この団体に入ればテロが実行できる」と思っていた人はいない。教団に残っている人たちも、あの上祐でさえ、テロがやりたくて残っているわけではない。もしテロリストになりたければ、もっと別のテロ組織に入った方がいい。なぜなら、それは武力闘争をすることが団体の目的の中に明記されているからである。アーレフではそれは完全に禁じられているし、もうこれ以上警察に関わりたくないとうんざりしていて、警察に張り合う気力さえないのが現状だ。そこだけは理解しておいていただきたい。
ご本人から、この手記は読んでいないとのコメントがありました。
それで、前のエントリーとかぶるけれど、藤原新也氏について。
「黄泉の犬」について読者からメールでの質問があり、それが返事とともに公開されている。
http://www.fujiwarashinya.com/talk/index.php?mode=cal_view&no=20061119
2006/11/19(Sun)
○○○○さま
○○さんは、この宗教がオウム神泉の会からオウム真理教となり、その後、早川紀代秀(ホーリーネーム・ティローパ)が教団に入り、この集団が北朝鮮の息のかかる過激な政治集団となった過程をご存じですか。
麻原の地位の下にありながら麻原を支配していた早川紀代秀がこの集団が利用できると考えたのは、オウム真理教が世間から叩かれることにより除々に怒りを貯め込んだモンスターと化しつつあったからです。
まだ弱者の1救済組織に過ぎなかった初期のオウム真理教が叩かれるきっかけは入信者の中に多数、崩壊家庭の家族から逃げ出した者がおり、世間とマスコミはきわめて小市民的な反応(家族から信者を誘拐したという)によって除々にオウム真理教と麻原を追いつめて行きます。彼らは追われるままに日本国中をさまよい、最後に麻原の故郷である熊本に居を構えるのですが、そこでも迫害に会い世間を完全に遮断し、敵にまわすことになります。
いわゆる私たちが認識しているオウム真理教とその犯罪は麻原とその信者が起こした事件であるとともに、小市民が起こした事件でもあると私は認識しております。つまり小市民も迂遠して殺人を犯しているということ。ジム・ジョーンズ率いる人民寺院の信者たちが起こしたガイアナでの集団自殺もそうですが、世界の宗教集団がカルト化し、攻撃的に変容するか自傷化するかの過程には必ずこの小市民による根拠のない迫害がその芽を作っております。オウム真理教の場合もその例外ではありませんでした。
私はオウム真理教の残存組織の内情を知らないわけではありません。
彼らはすでに政治集団として利用されるほどの怒りも体力も財力もありません。
ただし、その集団の前歴が大きな犯罪が関わっていることにより、過剰な監視と、再びの小市民的迫害がなされるなら、また再びその集団がカルト化するおそれは決して皆無ではありません。その時にこそ神格化される麻原は意味を持つわけです。
そしていっかいのただの人間をモンスター化させてしまう小市民的な感性が貴方の中にも眠っていることを、残念ながら貴方の文面からも感じざるを得ません。たぶんそれは私の中にも眠っているはずです。
それがいかに私たち小市民感覚とはかけ離れた集団であろうと、信教の自由を私たちの手によって迫害するのではなく、守ることが敷衍して人々の命を救い、民主主義を守ることだと思っております。
藤原新也
われわれ「小市民」は殺人犯だったのかぁ…… オヒオヒ
藤原氏のオウムについての認識は、オウム信者、親族の自己申告による主観的な「事実」を元にしたもののようだ。
この手の擁護論の定番である、「カルト」として一般化・相対化する論調になっている。
また、こんな弁明(?)も書いている。
http://www.fujiwarashinya.com/talk/index.php?mode=cal_view&no=20061130
2006/11/30(Thu)
事実を事実として伝えるのみ
(略)
また、最近、この本で触れているオーム真理教事件に関して少々の誤解が一人歩きをしているようなので、ひとこと付けくわえておきたい。
私はこの本で麻原彰晃と水俣病の関連に言及しているが、そのことをもってしてオーム真理教とその元教祖の擁護をするという意識はまったくない。私はただ自分が出会った事実を事実として淡々と書いたまでだ。そのことによって麻原の犯した罪が微塵も変わることはありえない。
マスコミがこの本を取り上げないひとつの理由に国家転覆をもくろみ、無差別な殺人を犯した者を、擁護するかに誤解されかねないものには触れたくないということだろうが、またそのことによって天皇問題と同じようにオーム真理教事件問題に別の角度で触れることが今日では暗黙のタブーとなっている現実を知った思いがある。
(略)
本は未読なのだが、藤原氏はオウムと関わらざるを得なかった「小市民」に取材をしているのだろうか。
元(?)オウム信者や親族が語った「事実」の検証をしているのだろうか。
プロパガンダに乗せられたか、または自ら乗っているようにも見える。
タブーだから触れられないのではなく、あまりに主観的で事実誤認が多いからトンデモ本扱いされているだけではないのか?
藤原氏は「擁護をするという意識はまったくない」のかもしれないが、本やblogの文章はオウム・アレフ擁護・弁明の文脈でさんざん利用されていくのだろう。
かなり、ウンザリする。
