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>日本のネットのマナーを変えようとする道徳運動のほうに力が入っているようにも思える
なんて書いてたら、こんなエントリーがあがった。
http://www.ohmynews.co.jp/blog/archives/2006/08/post_98.html
さらに鳥越編集長は、ネットの利点を最大限に生かしつつ「責任ある参加」を促すのがオーマイニュースの「実験」だと語り、日本の社会が変革する契機になりうると期待を語りました。
『責任ある参加=自分の名前をちゃんと出して発言』というのが、あくまでも譲れないコンセプトであるようだ。 おそらく編集長交代という事態にでもならない限りは、コメントを書くのにも「記者登録」という実名登録が義務付けされるのだろう。
ただの読者としては、コメント書くためだけに「記者登録」までする気はないな。
それにしてもなぜ「会員登録」と、実態にあった名前にしないのだろうか?
ま 何故日本で匿名が優勢になったのか、それが「無責任」とどんな関係有るかについては、いろいろ持論がお有りになるのだろう。 ご健闘を祈るとしかいえないな。
こちらのインタビュー
http://facta.co.jp/blog/archives/20060804000213.html
じゃあ日本で、果たしてどこまでそれが成功するかというと、すでに「JANJAN」とか「ライブドアPJ」もやっていますよね。しかし、それが日本の社会、政治、経済に本格的な影響力があるような形で存在しているかというと、必ずしもそうとは言えない。
はたして編集長としての「成功」ラインは何処あたりを考えているのだろうか。
政治家の首を取ることが成功の目安なんだろうか? それにしちゃぁ、市民記者募集のガイド見る限り、そんなものを期待してもいなさそうだ。
お抱え予定の職業記者に、なんか凄い隠し球があるのだろうか?
MSN出身の田中宇とか田口ランディなみの「スター」を輩出できるのだろうか?
一応ひとつ企画を提案。
7億円も使っているプロジェクトだそうだけれど、「オーマイニュース賞」を設立し、優秀な市民ジャーナリストの記事に懸賞金を与えたら、盛り上がるのでは。
編集長のポケットマネーから「鳥越賞」でもいいとおもう。
賞金額によっては、私も応募を考えるかも(笑)
http://www.ohmynews.co.jp/blog/archives/2006/08/post_96.html#trackbacks
ちゃんと顔を出してものが言える社会を少しずつでもいいからオーマイニュースの中で実現して行きたいなあ。それが私たちの、ひょっとするとかなり無謀な試みなのかもしれません。
いきなり弱気な発言です。
新しいジャーナリズムを追求する、というような意気込みはあんまり感じられません。
鳥越編集長が期待している市民ジャーナリストの未来像はどんなものなのだろう。
編集長はこんなことを書いていました。
秋田の事件
http://www.ohmynews.co.jp/blog/archives/2006/06/post_12.html
複雑に入り組んだ人間関係の解明なくしてはこの事件の全面解決はなし得ないんじゃないかと、私には思えるんです。
さあ、こういうときにオーマイニュースの市民記者がたまたまあの藤里町か秋田県に住んでいたとすればどうなるか?
私たちはもうそういうシチュエーションで考えています。
既存のメディアとは違う目で見た情報が届けられる!!
そうなれば、私たちの「市民みんなが記者だ」という合い言葉は実現するんですね。それもそう難しいことではないでしょうね。
こう書いていてもワクワクします。
地元住民が入り組んだ人間関係を実名で書く、というシチュエーションというのが、そもそも考えにくい。 「放送局」と渾名される人は何時の時代にも、どこの小社会にもいましたが、そいつらにインターネット規模で活躍されたら鬱陶しくてしょうがないだろうな。
このエントリーはメディアスクラムを問題にしています。
私が東京にいて「それはメディアスクラムじゃないの?!」と言うのは、現場にいる取材陣からすれば「何言ってやがる!!」ということでしょう。ここには私たちメディアで働く人間の職業意識とある種の悩み――ジレンマみたいなもんがあるように思えます。
職業記者のメディアスクラムを、彼らを代弁して「何言ってやがる!!」と擁護し、市民記者の活躍に「ワクワク」する。
これはジャーナリスト(ニュースの職人でしたか)の宿業ですね。
今回の編集長のエントリーは、WBAライトフライ級王座決定戦について書かれています。
ジャーナリストという呼称を辞退し、「ニュースの職人」を自称している鳥越編集長は、この件についてオーマイニュースとして取材する予定は有るのでしょうか。
鳥越さんご自身がしがらみが有って書けないならば、しがらみのないオーマイニュース市民記者が活躍する絶好の舞台ではないでしょうか。
市民記者に何かを期待するよりも、まず自らが記者として、または編集長として行動し発言されることを期待しております。
「なんでかフラメンコ」さん 「ボクシング型コント」という新ジャンルを生み出したTBS
http://d.hatena.ne.jp/orochon56/20060803#p1
このように、笑いのスタイルとしては、ほぼ完璧に見える亀田さんの試合であったが、ひとつだけ欠けているものがあった。このコントにはツッコミがいないのである。出演者全員ひたすらボケるだけ。つまりこれは、観客をツッコミ役に想定している視聴者参加型のコントなのである。
最近のマスコミ報道は、ネットとセットでなければ楽しめなくなってしまった気もする。
今回は客席に誰が居たかという情報が一番面白かった。
ボケのネタ供給源としてのマスコミ…
いつまでも、どこまでも、あくまでもマスコミはボケを続けるのだろうか…
などと、一応は言わなきゃいけないのだろうな。
TBSと他メディアの手のひら替えしも含めて、さすがに「面白い」とは思わない。
「不愉快」という気持ちが強い。
中東からは誰が来るだろうか?
韓国外相が7日に訪日
韓国の潘基文外交通商相は2日、定例会見で7日から9日にかけて日本を訪問し、麻生太郎外相と北朝鮮のミサイル問題や6カ国協議復帰などをテーマに外相会談を行うと発表した。
訪問は8日行われる橋本龍太郎元首相の葬儀に出席するためで、潘外交通商相は麻生外相のほか「重要な人物とも会う」と言明。安倍晋三官房長官とも会談するとみられる。会談は8日が有力視されている。
外交筋によると、日韓議員連盟会長の森喜朗前首相や額賀福志郎防衛庁長官との会談に向けても調整中という。
(共同)(08/02 13:12)
電通総研の広報誌「Communication Inquiries」(PDFファイル)の2004年10月号にライブドアの堀江貴文社長のインタビュー記事
http://dci.dentsu.co.jp/pdf/communication03.pdf
ライブドア堀江社長が予測するマスコミとブログの今後
http://kusanone.exblog.jp/1166502
これからは検索ではなくコミュニティーの時代になるという堀江社長の考え方がキーポイントかな。
たぶん次の展開としてSNSを考えていたのだろう。
ホリエモンが「世界一受けたい授業」に出演したとき、これからのネットは「出会い系」になりますと断言していたのを思い出すな。今大きなパラダイムシフトがブログによって、起こっているんです。ポータルサイトは、これからは検索主導型からコミュニティ主導型になる。(中略)ユーザーがインターネットに慣れてきて、ネット上で友達のブログを登録したりとか、興味ある人のブログとウェブサイトを登録しはじめて、いったんそのコミュニティを作ってしまえば、それが中心のライフスタイルになると思うんです。例えば、気になるニュースに対して、俺はこう思うとか……。ブログを書き始める。実はブログのRSSの裏にはFOAFリンクというのがあって、裏でつながっているんですね。トラックバックとかタイプキーとか使ってコメントをした時点で、お互いの繋がりの構造というのが裏で出来ているんです。きっかけは、ニュースの検索だったりするんだけれど、知らないうちに同じ嗜好性を持った人同士がつながる。ニュース自体もRSSですでに発信されてますから。本当の意味でのマイポータルがRSSを中心にそこに出来てきているようなかたちになっている。自分にカスタマイズされた情報源になる。(中略)今までは、何かを探すためにインターネットを使っていたが、これからは違う。これからは、本来のインターネットのよい点、コアであるコミュニケーションの部分にどんどん到達していく。コミュニケーションのパラダイムシフトを起こしていくことに使われるのではないか。もちろん、探すという行為は、無くなるわけではないんですが、「探す」よりも「繋がる」ことのほうに変わっていく。
なかなか挑発的で面白いと思ったのと同時に、それほど「繋がる」ことに未来を賭けて大丈夫なのか、とも感じた。
最近はmixi内での様々な軋轢(?)や燃えつき症候群も報じられているけれど、これってパソ通時代に一度通った道じゃないか? とも思う。 (mixiに参加してないから解らんが)
