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「アルファコメンテーター」とはアルファブロガーに引っかけて、この問題を追及している鮫島さんが創り出した造語です。

「アレフブロガーの時代」による鮫島さんと黒崎さんの紹介
http://alephblogger.blogspot.com/2006/06/blog-post_24.html

 黒崎         http://kurosaki-yowa.seesaa.net/
藤代裕之や泉あいなどのネットジャーナリズムもどきを実践する人々にツッコミコメントを入れ、その質の悪さをあぶりだす達人。味のある語り口で、じわりじわりと本質に迫る。

 鮫島         http://blog.livedoor.jp/soul_shadows/
黒崎と同じく、粗悪なネットジャーナリズムもどきを追及する。食いついたら離れないしつこさや、公開質問状で矛盾を突くなどの、鋭さが持ち前。


2ちゃんねるでの紹介

■黒崎
コメンテーター兼ブロガー。通称「黒」。年齢・出身・正体は明らかにされていない。湯川とは何度か会談している。一連の問題では当事者でもあり、umeから「訴訟する」と宣告されている。その一方で泉あい氏とその周辺に対し徹底した批判を浴びせる。「下着のよごれたような」や「白樺派」などの印象的レッテルを貼り、知らない間に定着させてしまう技を持つ。敵にまわしたくない人物としては典型例。「黒崎」というペンネームは鮫島が考案。女ブロガーAaの天敵。「慇懃無礼」「あんな下品な人」などと称される。ガ島炎上メンバー。

■鮫島
コメンテーター兼ブロガー。通称「鮫ちゃん」。基本はお茶目なキャラだが、攻撃のスイッチが入ると止まらないのは「泉あいの耐震偽装取材批判」や「踊る新聞屋批判」でも明らかになった通り。昔のログを引っ張ってきて揶揄したり、対象会社に事実確認のメールを入れたりと、具体的なダメージを狙ってくるので、精神的な揺さぶりをかける黒崎よりもある意味で厄介。
黒崎とは10年以上のコンビ。泉以外の女に甘い。アイフル探偵学校。ガ島炎上メンバー。



「ブロガー」とされてはいますが、どうもこの「ことのは問題」のために新たに立ち上げたといったほうがいいような。 (別名で運営していたのかも知れないが)

鮫島さんのblogに2400 bpsのモデムという話が出てくるから、90年代初めからのパソコン通信経験者なんでしょう。 9600bpsは90年代半ばだったか。 win95でインターネットが普及するんだが、ホワイトハウスの猫のソックスの鳴き声を聞くのに10分以上もかかった時代よりも前の、昔からのネットワーカーなんでしょう。

ネット環境と文体はそれなりに関係がある。昔は通信費コストが高く、また掲示板も容量が小さかったから、それなりの文体が発達する。 今みたいな常時接続、サーバーの限界を気にしないで済む時代だからこそ、2ちゃんねるのような形が可能になったわけで、それ以前の議論系掲示板だと、独特の文体・バトル方法があった。

パソコン通信やfjなど、もう出来た当初からバトルがつきものだったから、ご両人ともバトル慣れしてるみたいですね。

パソコン通信の場合、ある程度経験を積むと運営側になったりもしますが、なんていうのかなぁ、「流しの論客」になる人もいます。
もめ事が起こると、普段はそこで発言していない「流しの論客」が多数集まって議論を始め,運営側を糾弾したりします。
結果、おとなしい(?)常連さん達はしらけて書き込みが減り、後には廃墟が…

「流しの論客」さんたちは毀誉褒貶が激しい、というか一般的には嫌われていたんじゃないかな。

さて、今回の「ことのは問題」だけれど、黒崎さん、鮫島さんはある層からはかなり嫌われています。
「流しの論客」という形の言論活動に対する反感もあるだろうし、ここ最近のバトルのやり方とはちょっと違う文化や世代の違いがあるのかも知れない。

まぁ、このバトルを注目し、アルファコメンテーターに喝采を送る層は限られているのだろうとは思う。
TVとかに出てくる「辛口コメンテーター」よりも、ある意味たちが悪い存在だからなぁ。
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  それぞれがキマイラを


 広大な灰色の空の下、道もなく、芝もなく、薊一本、蕁麻一本もない、埃っぽい広大な平原で、私は、身を屈めて歩く幾人もの男たちに出会った。

 彼らはそれぞれ、一匹の巨大な〈幻想獣(キマイラ)〉を背負っていたのだが、それは小麦粉か石炭の袋、あるいは古代ローマの歩兵の装具一式と同じほど重いものだった。

 だがこの怪獣は、身動きせぬ重荷というわけではなかった。それどころか、弾力性に富んだ強力な筋肉で、人間に覆いかぶさり、押さえ付けているのだった。人間を乗物にして、二本の巨大な爪でその胸にしがみつき、想像を絶する頭部は人間の額の上部に重なって、まるで、昔の戦士たちが敵に更なる恐怖を与えようと欲して用いた、あれらのおぞましい兜の一つのようだった。

 私はその男たちの一人に問いかけて、そんな状態で彼らはどこへ行くのかと尋ねてみた。彼は私に、自分も他の者たちも、そんなことは全くわからない、だが、明らかにどこかに行くのではある、というのも、歩こうとする止み難い欲求に駆り立てられているのだから、と答えた。

 記すべき奇妙なこと。これら旅人のだれ一人として、その首にぶら下がり背中に張り付いている凶暴な獣に対して、苛立つ様子をしていなかった。まるで自分の身体の一部を成すものとみなしているかのようだった。これらすべての疲弊した深刻な顔は、しかし、絶望の色を全く浮かべてはいないのだ。空の憂愁に充ちた円天井の下、その空と同じほど荒廃した地面の砂塵に足をめりこませて、彼らは、いつまでも希望を抱き続けるという罰を受けた者たちの、諦めた表情をしながら、道をたどって行くのだった。

 そしてその行列は私の傍らを過ぎ、地平線の大気の中に、この惑星の円い表面が好奇にみちた人間の視線を免れるところに、沈んで行った。

 そしてしばらくの間、私はこの不可思議を理解しようと思い詰めた。だがじきに、免れるべくもない〈無関心〉が私にのしかかり、私は、あの男たちが圧倒的な〈幻想獣(キマイラ)〉に圧し潰されていたのより更に重く、〈無関心〉に圧し潰されてしまったのだ。




ボードレーヌ「パリの憂鬱」より 山田兼士訳


原題「Chacun sa chimère」は「人それぞれに幻想を」という意味の慣用句
フランス語でシメール (chimère)は頭はライオン、体はヤギ、シッポは竜のギリシャ神話に出てくる怪獣。キマイラ、キメラというほうが馴染みがあるな。
昔の少女文化は「アンネの日記」と「赤毛のアン」抜きには語れないように思う。
鍵付きの秘密の日記を書き、小道や樹木に自分だけの名前をつけたりとか…

だけど「アンネの日記」はそもそもが公開を前提にしてかかれた日記だったりする。
亡命オランダ政府が、戦中の庶民のルポを募集しているというのをラジオで聞いて、そのために書かれたものです。

だから、まず当日に「日記」として書き(Aテキスト)、それを後日清書(Bテキスト)しています。 戦後になって、父親があらためて編集し(Cテキスト)出版されたのが、最初の「アンネの日記」です。*注
最初は「隠れ家」という書名で、そのほかいろんな言語・書名出だされていて、たしか「ある少女の日記」というのもあったはず。まぁ「名無しさんの手記」という感じだったのかも。

内容のほとんどが「手紙」という形式で書かれているので、「日記」というのには若干の問題があるかもしれない。

最初の翻訳は父親が編集したものを元にしているので、冒頭はすべて「キティーへ」となっている。
現在の「完全版」では、さまざまな宛先、呼びかけ方が再現されています。
最初期には「あなた」とだけ、後に「親愛なるキティーへ」「だれよりもたいせつなキティーへ」「わたしのたいせつなキティーへ」「だれよりも親愛なるキティーへ」など。

「研究版」というのもある。 筆跡鑑定、三種類の「日記」テキストの徹底比較とか、いろいろ興味深い。
たとえば「キティー」宛ではない日記も存在します。 「完全版」はそこあたりを編集して、最初に書かれたAテキストを生かした文体を主体にしているんだなぁ、ということがわかったりする。 日々の細々としたディティール・メモなんかはBテキストでは省かれたりしてる。

また父親が編集した際に、なにを削除したのかもわかる。 性のこと、同居人たちへの辛辣な批判などが中心だけど。 
あまりに辛辣なんで、父親の死後に新たに出てきた部分もあったりする。
口喧嘩とか、同居人・家族を批判した部分は、最初の版だといくぶん和らげられたふうに編集されているのだけど、完全版だと「もう一言多い」という感じかな。


で、まぁ〜無理矢理なまとめにはいると、blogという公開日記はアンネの日記の伝統に繋がってるのかもしれないな、などと思ったりする。



*そこあたりの成立事情とか、もろもろでいろんな論争がいまだに続く。
 こことか http://ja.wikipedia.org/wiki/ノート:アンネの日記
赤毛のアンシリーズには、昔はまってたなぁ。
新潮文庫の村岡花子訳で全部読んだ。

そもそもアニメの再放送を見たのがきっかけだった。
アニメの初期段階に宮崎駿が関わっていた。声優オーディションで最後まで主人公役を山田栄子と島本須美が争い、後の宮崎ヒロインとしてのきっかけとなった、というのは有名。


松本侑子が、英米文学からの引用をときあかした訳注つき全文訳『赤毛のアン』シリーズを出している。
やりすぎと思えるくらい、非常にきめ細かくやってる。 とうとうこんなサイトまで作ってしまった。
赤毛のアン電子図書館
http://homepage3.nifty.com/office-matsumoto/an.htm

松本さんは前世紀から自分のHPをもって、日記を公開してました。
そこで出版社とのトラブル報告をしてて、ものすごく面白かった。

1996年に松本侑子『罪深い姫のおとぎ話』(角川書店)が出版されます。 これはグリム童話のパロディ寓話集。
ちょっと遅れて「本当は恐ろしい グリム童話」桐生操 KKベストセラーズが出版されるが、その中に松本さんの作品からの盗用が見つかる。 そして、それがそのまま角川文庫になりそうになる。
それで、いろいろ各方面とあれこれやるのだが…

ペンクラブ所属の弁護士に著作権で相談したのだが、全然話にならない。実はその弁護士は2代目で、最初は父親が担当していたのをそのまま引き継いだだけだったとか…
編集者とか翻訳者仲間の話など、出版界の内幕がチラホラと…

まとめサイト、検証サイトも充実してたな。
桐生操みたいなお手軽なアンソロジーじゃなく、原典や一次資料にあたらなければいけないな、実は原典の方がずっと面白いな、と改めて感じた事件でもあった。


小倉千加子『「赤毛のアン」の秘密』も読んだなぁ。
この当時の小倉さんの手法は、小説の主人公と作者を故意に一体化させて論じる方法論だった様に思う。
この本だったかなぁ、雑誌連載だったか(イマーゴ?)は、エミリー・シリーズの主人公と作者モンゴメリを同一視したような評伝になっていたような記憶が…

この手法で小倉さんは大やけどしちゃったりする。
いま調べてみたら1994年かぁ。
『文藝』に発表した「幼形成熟の復讐」で松浦理英子さんが激怒。 松浦さんが小倉さんを「殺してやります」と、週刊文春に書いてしまったりする。

小倉さんが松浦さんの一連の小説の主人公を、作者本人のように論じちゃった、という話だったと記憶。


赤毛のアンといえば、アンは養子。 マシューとマリラは姉弟の独身者なんだよなぁ。
(ん? この話題は見えないトラックバックか?)



ふと羽田空港不審者侵入で思い出したこと。 1969年9月4日羽田空港侵入火炎瓶投擲事件
http://www12.ocn.ne.jp/~chi0010/haneda.htm
ガ島さんがDJ研の様子をレポートされています。
その中で気になる部分。

[イベント]「デジタル・ジャーナリズム研究会」連続討論スタート
http://d.hatena.ne.jp/gatonews/20060520

さらに、ジャーナリズムとビジネスの問題、仮にマスコミが暴力装置としての国家への対抗力を引き受けているのであればブログなどはどうなるのか(国家権力が本気を出せばブロガーなど軽々となぎ倒されてしまう。そういう意味では新聞ジャーナリズムがこのまま弱くなるのは大きな問題だ…)、などの課題も提起されました。


これは佐々木俊尚さんが提起された課題なのではないか、という気がします。
その直後の佐々木さんの記事 http://blog.japan.cnet.com/sasaki/2006/05/post.html には、その問題意識が潜んでいるように思います。

この課題は佐々木さんの中では次のように意識されているのではないでしょうか。
新聞ジャーナリスト達のブログが軽々と炎上し、なぎ倒されるのは大きな問題だ…
国家への対抗力、チェック機能をはたすべきジャーナリストという役割は強く意識されています。 しかし佐々木さん、歌田さんの「ことのは問題」のインタビューや記事にはオウムに対する対抗力・チェック機能はあったのでしょうか。

佐々木さんは記者時代のオウム取材経験を長々と書いておられます。そして松永さんに対してインタビューもしています。 そして、松永さんの意見をそのまま鵜呑みなされたように、次のように書かれています。

彼の意見から私が受け止めたのは、「オウム」や「大日本帝国」という被害を与えた側の認識のあり方の問題ではない。そうではなく、オウムや大日本帝国から被害を受けた側――つまり大日本帝国に侵略された中国や韓国と、オウムによって生命の危険を感じた日本国民の側の認識のありかたの問題だった。


佐々木さんが、まるで松永さんの代弁者になられたかのように見えます。
様々な批判に、佐々木さんはこう答えています。

滝本太郎先生へのご返事
http://blog.japan.cnet.com/sasaki/2006/06/post_3.html

多くの人たちは、ただ漠然とした不安から、オウムのことをこれ以上知る必要はなく、とにかく排除すべきだと考えている――つまりオウムに対する認識の再構成を拒否しているのではないかと、私は思うのです。そして私は、その考え方はある種の危険性をはらんでいるのではないかと、やはり思うのです。

そう思ってしまう私は、危険な相対主義の持ち主なのでしょうか? そういうお利口さん的な高見に立ったような偉そうな考え方は捨て、「社会のために」という旗のもとに、オウムと戦い続けるべきなのでしょうか?



佐々木さんがジャーナリストとしてするべき戦いは、それこそ「オウムに対する認識の再構成」であるはずです。
松永さんのインタビューが、はたして現在のアレフのことを正確に語っていたのかを検証することが、佐々木さんのジャーナリストとしての使命です。

佐々木さんは「危険な相対主義の持ち主」ではないでしょう。
オウムを無邪気に擁護していた昔のジャーナリストたちと同じの、
ただの危険な馬鹿です。
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