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市は半分焼けてしまつたが
もうぼつぼつ家が建つている。
半分丸坊主にされた尨犬のやうに、
ハンブルグの町は痛ましい姿だつた。
私にとつて忘れようにも忘れられない
多くの通りもいまはもうなくなつてしまつた――
私が最初の恋の接吻をした家は
今は何処にあるか?
私が紀行集を印刷させた
印刷所はいま何処にあるか?
始めて私が牡蠣料理を食べた
アウステル地下食堂はいま何処にあるか?
そしてドレックブルは、ドレックブルはいま何処へ行ったか?
私はただ徒に探しあぐんだ!
いろんな菓子を食べに行つた
あのパヴィヨンはいま何処にあるか?
参事会と市会議員とが市政をとつていた
市役所はいま何処にあるか?
何もかもすつかり烏有に帰してしまつた! 火焔は
この最も神聖な場所をも容赦はしなかつた。
人々はいまだに恐怖に戦(おのの)いていた
そして沈痛な面持ちで
彼らは私に大火災の
惨事を話して聞かせた。――
『火の手が一時にどッとあがつたのです。
見えるのはただ煙と焔ばかり!
協会の塔が燃え上るや、
メキメキと焼けおちました。
『古い取引所の建物も焼けてしまひました、
われわれ先祖がここに移つて来て
お互ひに何世紀という間、
一生懸命真面目に取引してゐたところだつたが。
『市の生命の親ともいふべき銀行と
銘々のバンコ預金高を
記帳した銀行帳簿とは
有難いことに! 焼けずに済みました。
『有難いことに! われわれのために
遠い諸国からも義捐金を集めてくれました――
実に立派な仕事です――義捐金は
かれこれ八百萬にも達したでせう。
『われわれが広げた手の中には
世界各国津々浦々からお金が流れ込んできました、
われわれは食料品ももらひました、
どんな寄贈品もあだやおろそかにはいたしませんでした。
『衣類もベットも充分に送つてもらひました、
それからまたパン、肉類、スープまで!
そればかりかプロシャ国王は
軍隊まで寄越してくれました。
『物質的な損害なら償ひはつきました、
それは莫大な額に上りました――
けれどもこの恐怖、われわれのこの驚愕、
こればかりは何人も償ふことは出来ません!』
元気をつけるやうに私は云つた。『諸君よ、
さう悲観するものではありません、
トロヤはもつと立派な町でした、
でもやはり火事にならなければなりませんでした。
『諸君の家を建て直し、
この水溜りを乾かしてしまひなさい。
そしてもつといい法律と
もつといい蒸気ポンプをこしらへなさい。
『諸君のすつぽんスープに
スペイン胡椒を利かしすぎてはいけない、
諸君の鯉も身体にはあまりよくない、
鱗ごと煮ては脂肪(あぶら)がきつすぎます。
『七面鳥ならさう毒にはなりますまい、
だが自分の卵を
市長の鬘の中に生みつけて行つた
郭公鳥の奸計には気をつけなさい。
『その因業な鳥が何処の誰のことか、
今更諸君に云う必要もありますまい――
私は彼奴のことを考へると
胃の腑の中がでんぐり返りをうつのです。』
ハイネ 「冬物語 ―ドイツ―」
第二十一章 から 井汲越次訳 新字旧仮名
もうぼつぼつ家が建つている。
半分丸坊主にされた尨犬のやうに、
ハンブルグの町は痛ましい姿だつた。
私にとつて忘れようにも忘れられない
多くの通りもいまはもうなくなつてしまつた――
私が最初の恋の接吻をした家は
今は何処にあるか?
私が紀行集を印刷させた
印刷所はいま何処にあるか?
始めて私が牡蠣料理を食べた
アウステル地下食堂はいま何処にあるか?
そしてドレックブルは、ドレックブルはいま何処へ行ったか?
私はただ徒に探しあぐんだ!
いろんな菓子を食べに行つた
あのパヴィヨンはいま何処にあるか?
参事会と市会議員とが市政をとつていた
市役所はいま何処にあるか?
何もかもすつかり烏有に帰してしまつた! 火焔は
この最も神聖な場所をも容赦はしなかつた。
人々はいまだに恐怖に戦(おのの)いていた
そして沈痛な面持ちで
彼らは私に大火災の
惨事を話して聞かせた。――
『火の手が一時にどッとあがつたのです。
見えるのはただ煙と焔ばかり!
協会の塔が燃え上るや、
メキメキと焼けおちました。
『古い取引所の建物も焼けてしまひました、
われわれ先祖がここに移つて来て
お互ひに何世紀という間、
一生懸命真面目に取引してゐたところだつたが。
『市の生命の親ともいふべき銀行と
銘々のバンコ預金高を
記帳した銀行帳簿とは
有難いことに! 焼けずに済みました。
『有難いことに! われわれのために
遠い諸国からも義捐金を集めてくれました――
実に立派な仕事です――義捐金は
かれこれ八百萬にも達したでせう。
『われわれが広げた手の中には
世界各国津々浦々からお金が流れ込んできました、
われわれは食料品ももらひました、
どんな寄贈品もあだやおろそかにはいたしませんでした。
『衣類もベットも充分に送つてもらひました、
それからまたパン、肉類、スープまで!
そればかりかプロシャ国王は
軍隊まで寄越してくれました。
『物質的な損害なら償ひはつきました、
それは莫大な額に上りました――
けれどもこの恐怖、われわれのこの驚愕、
こればかりは何人も償ふことは出来ません!』
元気をつけるやうに私は云つた。『諸君よ、
さう悲観するものではありません、
トロヤはもつと立派な町でした、
でもやはり火事にならなければなりませんでした。
『諸君の家を建て直し、
この水溜りを乾かしてしまひなさい。
そしてもつといい法律と
もつといい蒸気ポンプをこしらへなさい。
『諸君のすつぽんスープに
スペイン胡椒を利かしすぎてはいけない、
諸君の鯉も身体にはあまりよくない、
鱗ごと煮ては脂肪(あぶら)がきつすぎます。
『七面鳥ならさう毒にはなりますまい、
だが自分の卵を
市長の鬘の中に生みつけて行つた
郭公鳥の奸計には気をつけなさい。
『その因業な鳥が何処の誰のことか、
今更諸君に云う必要もありますまい――
私は彼奴のことを考へると
胃の腑の中がでんぐり返りをうつのです。』
ハイネ 「冬物語 ―ドイツ―」
第二十一章 から 井汲越次訳 新字旧仮名
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