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  虚無の味覚

陰鬱な精神よ、昔はあれほどたたかいが好きだったのに、
拍車を蹴っておまえの癇の強さを掻き立てた、あの「希望」さえ
おまえにまたがろうとはしなくなった! 恥を忘れて横になれ、
老いぼれ馬め、邪魔物一つ一つに足がつまずく。

諦めろ、私の心よ。けだものの眠りを眠れ。

負かされて、へばり込んだ精神よ! 老いた泥棒、おまえには
恋ももう味がなくなり、いさかいももうつまらない。
ではお別れだ、金管(ブラス)の歌よ、フルートの溜息よ!
楽しみよ、陰気にふさいだ心を誘うのはもうやめてくれ!

すばらしい「春」ももはや匂いを失った!

そして「時間」が刻一刻と私を呑みこんでいく、
硬直した死体を大雪が呑み尽くすように。
高みから 丸い地球をつくづくと眺めてみても
身をひそめるあばら屋ひとつ もう見つからない。

雪崩よ、ひと思いに私をさらってくれないか?




ボードレール「悪の華」より 安藤元雄訳
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村上菊一郎訳
投稿者:倫敦橋 HP 2006/08/02 15:25 EDIT
  虚無の味わい

かつては闘争を好みし陰鬱なる精神(こころ)よ、
拍車を以て汝の熱情を煽りたる希望は
もはや汝に乗るを欲せず! 恬然(てんぜん)として倒れ伏すべし、
一歩は一歩ことごとに物に躓く老いぼれ馬よ。

諦めよ、わが心、獣の眠りを眠れかし。

歩み疲れし敗残の精神(こころ)よ! 汝、老いたる剽盗(ひょうとう)には
恋愛はもはやなんの味わいもなく、討論とてもまた然り。
喇叭(らっぱ)の歌声、笛(フリュート)の吐息、いざさらば!
歓楽よ、もはやふて腐れの暗澹たる心を唆(そその)かすなかれ!

めでたき春はすでに香気を失いてけり!

かくて降りやまぬ大雪が凍えし身体(からだ)を
埋むるがごとく、時は刻々われを嚥(の)みゆく。
われ高みより丸き下界をうち眺めつつ
隠れ棲むべき伏屋(ふせや)だにもはや求めず!

雪崩よ、押し寄せてわれを攫(さら)い行かずや。
          
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