忍者ブログ
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

全く人間という奴はこうしたもんです!
どいつもこいつも違えばこそ。
隣の人が不幸に襲われれば、大口あいて喜んでいる。
恐ろしい火の手が上がると、それっと皆駆け出す。
痛ましや、哀れな罪人が仕置場にひかれて行くと言えば、みな見に出る。

今日も今日とて、罪もない避難民の気の毒な様を見に、
みな遊山みたいに出かけるのです。同じ運命が、すぐとは言わないまでも、
いずれは自分の身の上を見舞うことを考える者とてありません。
こうした浮ついた気持ちは勘弁なりませぬが、やはり人間の持ち前ですなあ。




「ヘルマンとドロテーア」第一の歌から 高橋健二訳
PR
 『王さま。おまえはいつもそうだったな。
ラケットで玉をはね返す心得で
わしらの願書を受け取る係の、おまえの腹黒い家来とぐるになって
小遣いかせぎをしていたじゃないか。それがみな、おまえのわるがしこささ。
性悪な家来どもは、さもさも見くだしたようにわしらのほうを見て、
なんてえ馬鹿な奴らだ、と低い声で、ひとり言をいってたものだ。
薔薇のうつくしい布告や、薬品をみたした小壺の封印をしたり、
悪法令の準備をいそいだり、
いかに手際よく人頭税をかけるかをたのしんだり、その手あいときたら
わしらがそばを歩くと、くさいと言わんばかりのそぶりなのだ。
 (わしらをきたないとおっしゃるのは、おどろいたね。
それが、わしらの親切な代理人さんたちなんだ!)
恐るるものを無くするためには、銃槍しかないとはどうだ!
よろしい。あいつらの鈴のついた煙草入れなんかに用はない。
わしらは、あんな低脳や、穀つぶしどもには倦々してる。市民よ。
わしらが勇敢で、すでに、王笏や、僧杖をぶち折ったとき、
ささげられた御馳走というのが、こんなんだね?』




ランボー詩集 拾遺「鍛冶屋」の一節 金子光晴訳
週刊誌連載は大変だ、毎週ネタを探さなきゃいけない。
一つのテーマを何周かにわたって取り上げていたこともあったけれど、今ネットで話題になっているここ最近の記事についてはスルーの模様。

今週は少し「世代論」が入っているみたいだ。
2ちゃんねるは、当初は若者が主体だったが、現在はオジサン化している、若者はmixiにはまってる、という調査結果があるらしい。
議論・バトル好きは40代中心で、若者はまたーりとmixiやっているということらしいのだが……
んん〜、最近は2ちゃんねる利用世代についての調査なんてモノもあるかも知れないが、2ちゃんねる発足当時にそんなモノがあったのか?

掲示板所有者の年齢というわけでもないだろうが、謎の調査結果だ。参考リンクを待つことにしよう。

あとは小学生の2ちゃんねる利用率が、そこそこ有るらしいとのこと。

やたらと厨房が増えたな、と感じていた2004年ころ。 6月1日に長崎小6女児同級生殺害事件がありました。 この事件で、本当に小学生が2ちゃんねるなどを見ているのだなぁと、ちょっと驚きました。 「厨房臭い」じゃなくて、本当に小中学校生の書き込みをしているのだろうなと、改めて実感した事件でした。
同時期に「パド厨」というのも話題になってたなぁ。

「厨房」というネットスラングは2ちゃんねる以前の掲示板文化から生まれた言葉で、「中学生並みの幼稚なことをする奴」というニュアンスの言葉だと、川上イチロー著「サイバースペースからの挑戦状」1998年12月8日発行にも書かれています。
少なくともその後2〜3年は、厨房と罵倒されることは恥だったような気がする。
小中学生が本格的にネットを利用し始めたのが2004年頃なのかなとも思えるのだが、どっかで調査していないだろうか?


それはさておき、今回の仮想報道は微妙に世代論っぽい雰囲気だった。
ここのblogで取り上げている「ことのは問題」でも、結構同世代が多いのかもしれない。民主党懇談会のなかの発言でも、ある参加者が議員と同世代だという話が出てきたりするしなぁ。

歌田さんが、最近ネットで激しい議論をしたそうだけど、何処でやったのがちょっと気になる今日この頃、でした。
幻の報道機関設立計画(15)

民主党で泉あいさんの窓口になっていたのは大塚耕平参議院議員。
前原党首との単独インタビューを、自民党のようなブロガー懇談会にしようと泉さんが提案したところ、あっさりと快諾し、参加者の人選を泉さんに一任します。

ここあたりが、妙に軽いノリなんだけれどなぁ、と思って民主党参加議員のサイトを覗いてみる。
ネクスト防衛庁副長官・政調会長松本剛明のプロフィールに「好きなTV番組 電波少年」と有る。
……結局はそういうことなんだろうな、と納得してしまった。

人選を任された泉さんは、まずネットで作ってきた人脈からと思われる5人を選び、あとは公募とします。(これが後々大問題となる)
公募のお知らせは、かなりの反響があり”突如風雲急を告げるブロゴスフィア(嘘)co.R30さん

懇談会は盛況のうちに終わりました。
時間なので退出しようとした前原氏に、泉さんが食い下がって小沢氏との関係を聞いたのが印象的だったと、多くの参加者のブログに書かれています。 「ジャーナリスト」として、改めて認知された行動でした。

速報はR30さん、会議全体のテープ起こしは泉さん、あとは参加者各が自サイトに自由に書くという役割分担が自然に成立しています。

翌日、泉さんは自民党の2回目の懇談会に招待され参加します。
民主党はブロガーが率先してやった形ですが、こちらはその先を行っているという感じです。 自民党というか世耕氏が仕切っている。
ただ参加者の数が多いためやや散漫というか、ブロガー抜きの懇談会としても成立してしまうような印象も有ります。

この二つの懇談会の後の11月7日に改めて泉さんの取材休止宣言がなされ、報道機関設立のために本格的に動いていくことになります。

続く
幻の報道機関設立計画(14)

泉あいさんの政党へのアプローチは、党の広報担当窓口に電話・メールのあと押しかけて党首インタビューを申し込むという形のようです。 
誰かのコネを使って、議員・候補者(秘書)とか支援者、関係団体方面から接触するという手法は、少なくともサイトからは読み取れませんでした。 あくまでも正面からの突破を目指していたように思えます。

そのなかで、何故最初に社民党が党首インタビューに応じたのかは、ちょっと謎です。
やはりメディア露出があまりに少なかったため、ネットジャーナリストの手も借りたかったのだろうか?

共産党は、以前からメールの質問にも丁寧に返事を出していたような印象がある。 だから、志位さんは無理でも、だれかが取材に応じていただろうと思う。 小池晃氏という意外な大物が対応したのにはちょっと驚いたけれど。

自民党は、明らかに戦略的にやっている。 前エントリー参照
そして自民党が応じたならば、そりゃ公明党も同調するだろう。

国民新党・新党日本は体制が整ってなかったのだろう。
田中康夫個人はインタビューに応じても不思議じゃないと思ったが、泉あいさんなど眼中になかったのだろうな。

民主党の対応というと

http://gripblog.cocolog-nifty.com/blog/2005/08/post_21bf.html
【民主党】
企画書を提出した後、何度か電話をし、一度だけ担当者へつながりました。
「もう少し待ってくださいませんか」
というお返事で、岡田代表でインタビューを考えてくださっていたようですが、その後何度か電話をしましたが、担当者不在でつながりませんでした。



そして、民主党は選挙で惨敗。
これまでネットでいくら反民主党の声が大きくても党勢を拡大してきたのだから、ショックだったろう。
個々の議員・候補者はそれなりにネットを使っていたりするのだが、党としてはちぐはぐな対応だった。

選挙後、泉さんは民主党の憲法改正国民投票法案を取材対象にします。
この経緯がよくわからない。 なぜ政治取材?というのは最初から感じているけれど、なぜ民主党? なぜこの法案?

泉さんは取材交渉しながら、報道機関設立計画も進めていたようです。
10月24日、新しい報道機関と記者クラブを作るため取材の休止宣言がなされ、草案がアップされます。

その直後に、前原新体制になった民主党からインタビュー承諾の連絡が入ります。

続く
Copyright ©  -- 倫敦橋の隠れ里 --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Material by 妙の宴
powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]