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「いま マスコミに問われているものーネット時代のジャーナリズムとは?ー」
http://www.videonews.com/press-club/0607/000861.php
(東京・日本プレスセンター)2006年7月8日収録

第1部 講演 
「ネット時代のジャーナリズム」
講演:竹内謙氏(日本インターネット新聞社代表取締役社長)

第2部 パネルディスカッション 
「ネット時代のジャーナリズムとは?」
司会:高成田享氏(朝日新聞社論説委員)
発言者:
湯川鶴章氏(時事通信社編集委員)
松澤雄一氏(神奈川新聞社デジタルメディア局長)
金平茂紀氏(TBSテレビ取締役報道局長)
神保哲生氏(「ビデオニュース・ドットコム」代表)


なぜ、7月のシンポを今の時点で、という疑問はあるけれど、一応聞いてみた。
メンバー見てもわかるように送り手側のシンポジウム。

飛ばし聞きながら、少々のメモ。

第1部:反小泉なので反クールビズ、ということでネクタイしてるそうだ。
中田英寿のマスコミ嫌いについての話。 戦前に新聞が翼賛体制になった話。
スポンサーに弱いという話。新聞も経営が難しくなったが、ネットでも収益を上げるのが難しいということ。  JANJANの「THE選挙」のこと、ボランティア頼みでデータ入力してるが、政治家に話したら総務省の仕事としてやるべき事業と言われたそうだ。

#JANJAN・カナコロのコンセプトとオーマイニュース日本版との差が解らなかったりする。

第2部:日本のネットの現状に対する話。 
記者、ライターではなく編集長以上の立場からの話なのだが…まぁ…退屈…散漫…
炎上問題、本家オーマイニュースへの高い評価とか、イラク人質3馬鹿問題とか、記者クラブとか…

ちょっとアレだと思ったのは、アメリカのブロガーの話。
ブッシュ大統領記者会見にブロガーが参加し始めたけれど、なんだか胡散臭い…とのこと。
http://www.redcruise.com/nakaoka/index.php?p=98
この「ジェフ・ギャノン・スキャンダル」の件だと思うのだが、その後の展開に触れないのはなんだかなぁ…

その後田中康夫前知事の「記者会見」の話が出てくるが、この話が「質問者の質が低い」という風に繋がってくる…
「1回しか見ていないが」という断りがあるけれど、反論がある人が多数いそうな気がするぞ。

PART1(62分)PART2(69分)PART3(85分)を全部聞くのは、時間の無駄と思う。
文字起こしするよりも、ビデオで発信する方がコストがかからないという時代なんだなぁとも思ったり。

同サイトには2006年09月01日付けで植草一秀氏の議論もアップされてる。
世耕弘成氏がでてる回もあるので、まぁぼちぼち聞いてみようかなぁ、どうしようか。
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「オーマイ」は「王米」、つまり代用食品開発から出発したというのが、ヘー だったので、少し調べてみた。

ネット上に代用米についての情報は、あんまり無かった。

まず基本的なところから言えば、「米は日本人の主食ではない」
http://drhnakai.hp.infoseek.co.jp/sub1-58.htm
このサイトでは最初に、「弥生時代説」と「第2次世界大戦後説」両論を併記しているけれど、実態として主食だった時期は極々最近の一時期という結論です。
 日本人にとって、米は単なる食べ物ではない、神聖であって、粗末にした日には目までつぶすほどの霊力を持つ物であり、それ故に貨幣として全ての価値基準にさえなったのである。天照大御神が天孫ニニギノミコトを豊葦原瑞穂国に降臨せしめた時、稲穂を渡し「これを日本人の主食としなさい」といったという神話がある。「日本人」(弥生人から現代人)の歴史は「米を主食にしたいと願い続けた歴史」であったともいえるのである。


代用米開発の動機は、いわゆる皇国史観の影響と米不足と科学技術への期待だったように思えるなぁ。

「米」ではなく小麦粉で作る「オーマイ(王米)」の開発が1955年、チキンラーメン発売が1958年。
インスタントラーメンは、「麺」ではあるけれど中華料理のラーメンそのものではないあたり、いろいろ同時代性を感じる。

このほかに、プレスハムも同時代。 プレスハムは、畜肉(当時はマトンや馬肉)をつなぎでくっつけたもので、いわゆる古典的な「ハム」「ソーセージ」とは別物で、日本独自のモノ。

魚肉ソーセージも同時代で、新素材のフィルム開発と保存料の発展がキーポイント。
常温で流通保存できるところが画期的。

食糧不足・米不足のため、食材を無駄なく使う食品の工業化の流れが、1950年代に大きく進んだようだ。
こうやって調べていくと、即席麺(腰のないスパゲッティも)・プレスハム・魚肉ソーセージというのは戦後昭和の味なんだなと、ちょっとしみじみする。
昭和30年代までの日本は、「貧しい」国だったなぁ… そして変に工夫好きで名前(体面?)にこだわる…

「おいしんぼ」みたいに憂う気持ちはないけれど、バブル時代の本物志向というのには、それなりの意味があったかなとも思ったり。
その一方で、現在は「ハンバーガー」という名前でありながら魚肉や豆腐を使ったモノが多数有り、もはや名前と中身が一致しないことは当然という感覚も有ったりするなぁ。

食事をする、というよりも「栄養補給」…
グルメといいつつ「情報を消化」してるような感覚と、どこか2極分化しちゃってる気分。
(微妙に、例のタヒチのエッセイに共感する部分でもある)

雑然とメモ

「栄養と料理」デジタルアーカイブの中の「代用食」
http://libsv2.eiyo.ac.jp/eiyotoryori/freekey/searchArticle.do;jsessionid=F9B53507426446A8C3EE51E17DA15D5E
戦中戦後のレシピがいろいろ有って、涙ぐましいと思うと同時に、意外と質素で健康的、経済的なのかもしれないとも思ったりする。

タンポポコーヒーは、現在ノンカフェイン飲料として評価されているっぽい。
漢方薬の材料でもあるから、コーヒーと思わなければいいのかも。 飲んだことはないけれど。

最近のNHK連続テレビ小説「純情きらり」で、本物の味噌が作れなくなっていく描写があった。
ついでに代用醤油をしらべていたら「毛髪醤油」というのが… ウヘッ


代用酒については漫画「夏子の酒」程度しか知らなかった。
「やかたの厨房から281〜290号」
http://www5d.biglobe.ne.jp/~yakatada/sub29.htm
日露戦争とホワイトリカー、鈴木梅太郎(幻のビタミン発見)の「理研酒」の話が興味深い。

「ボンカレー」の大塚グループは、ちょっと違うジャンルかなぁと思うが…この会社も波瀾万丈だなと思った。朝鮮戦争特需は、大塚製薬にも波及していたのだな。
昭和を代表する会社の一つだし、看板もテレビ広告も懐かしい風景だ。

徳島新聞「企業人・大塚正士」
http://www.topics.or.jp/rensai/ootuka/
「アンネナプキン」というネーミングは、昭和28年に日本で翻訳出版された『アンネの日記』が由来。生理を大人へのステップとして憧れとともに受け止めていたアンネの瑞々しい感性を商品に込めたと、創業者であり、日本の女性実業家の草分け的存在でもある坂井泰子氏がインタビューに答えておられました。

社長は坂井泰子で、まだ新婚ホヤホヤの当時27歳だった。

 当時(1961年)アンネ社の首脳が新発売する商品のネ−ミングをどうするか議論していた。
その時、社長の坂井泰子が販売課長の渡紀彦に「アンネの日記」を手渡したというのである。 彼はそれを読み即座に「アンネナプキン」を提案し社運を掛けることにしたというのである

日本で始めて発売された生理用品「アンネナプキン」のコンセプトは、水に流せることであった。当時水洗に脱脂綿や布など月経処理に使用したものを汲み取り式の時と同じ感覚で流してしまい、トイレが詰まる事故がたびたび発生した。「アンネナプキン」を開発した坂井泰子もトイレを詰まらせた経験を持つ。彼女は「アンネナプキン」を開発するときに「水に流せる」ということを重要な要素としていたのである。しかしその後モレをなくすために加えられた改良のため、「水に流せる」という要素は失われてしまう。

アンネナプキンの社会史
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4796619445/sr=8-2/qid=1158219250/ref=sr_1_2/250-9643012-6259410?ie=UTF8&s=gateway

どこからコピペしたのか、もうわからん(汗
女性の社会進出とか、いろいろ関連することはあるのだけど…

中国では「百恵」とよばれてるらしい、というのを確かめようとしたが、詳細不明。
百恵衛生用品公司というのは有ったらしいが… 「かつて高級ブランドの一つだった」というあたりなのかな?

【追記】

  クリミア戦争のときナイチンゲールが女性として初めて戦地に赴いて、その後、第一次大戦ではたくさんの従軍看護婦が前線に行ったよね。彼女たちはそのとき、包帯が月経の手当てに適していることに気づいたんだって。  

  そのアイデアをもとに、1921年、アメリカのキンバリー&クラーク社から「コーテックス」っていう使い捨てナプキンが発売されたの。これが爆発的に売れて、'33年にはアプリケーター付きのタンポンが誕生! あのタンパックス社のタンポンね。

  '61年に「アンネナプキン」が発売されたときのコピーは「40年間、お待たせしました」。つまり、アメリカの「コーテックス」から40年ってこと。ホント、待ってました!って感じだと思うよ。そのアンネ株式会社、'93年にライオンと合併して、アンネナプキンはなくなっちゃった。
http://www.cafeglobe.com/lifestyle/sexuality/010523.html



ちなみにメンソレータムの商標のリトルナースは、ナイチンゲールをモデルにしたものではなく、シャーリー・テンプルがモデルだそうな。
わしは勘違いしてた、が…今時のコは、別の勘違いをしているよーな気がする
http://images.google.com/images?q=%E3%83%AA%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%80%80%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%A0&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&hs=Zry&hl=ja&client=opera&rls=ja&ie=UTF-8&oe=UTF-8&sa=N&tab=wi

↓ ここが詳しかったな

「生理用品」の誕生と戦争
http://www.lovepiececlub.com/kubosato/kubosato_07.html

占領アメリカ軍からヤミへと流れた使い捨て生理用品を国産化したのが、アンネナプキンだったのだなぁ。



Google earth 日本語版が出て、そっちに夢中になってしまった。
魚介ソーセージ、代用酒、代用コーヒー、代用米などを調べる予定だったのだが…

この「オーマイ」の誕生には面白い歴史がありまして、戦後すぐの食糧難の時代に、お米に代わるものを、つまり小麦粉を使って代用米を作ろうというのが「オーマイ」の始まりだったのです。代用米であっても、我々が作るからには最高の品質のものをと、「王様の米」というイメージでつけられたのが「オーマイ」という名前なんです。当時流行っていた「オーマイパパ」というフレーズにもかけたと言われています。その時に作られた製品は、今で言うリゾーニというパスタに非常に近いものだったそうです。

http://www.amefrec.co.jp/ecolo/069/069_next.html

オーマイの50年の歴史には、こんな秘話があったのかぁ。

もう少し調べてみた。
http://tomato-and-basil.com/column/004.html

オーマイ。
1955年、日本製粉のマカロニ製造販売部門を分離して設立。日本食糧株式会社として発足し、平成2年10月に日本製粉株式会社と合併した。オーマイロングスパゲッティを発売したのは昭和33年。
当時、他社のお米が「栄養米」「徳用人造米」という名称がつけられていた中で、他を寄せつけない王様的存在となるべく「王米」と名づけた。それが「オーマイ」の名前の由来である。
一人前(100g)ずつ分けられた結束スパゲッティや密封チャック付きスパゲッティなど、アイデア商品が多い。



http://www5.ocn.ne.jp/~mokeden/kodawari/kodawari-sigoto.htm
パスタ業界では、「日清フーズ(日清製粉グループ)」の「マ・マー」が30%強のシェアで1位、「日本製粉(NIPPN)」の「オーマイ(王米)」が2位で20%強となっているようです。
この順位は今回調べてはっきりしたのですが、「オーマイ」が1位でないことは前から確信していました。
以前「オーマイスパゲティ」のテレビCM、「オーマイ家の一日」でこんなのがあったんです。

庭かどこかでお母さんがスパゲティー料理を作っている。確かお母さんは秋野暢子。
子供が出てきてお母さんに「ママー」と言ったとたん秋野暢子が、
「ウチではママって言わないの! お母さんって言いなさい。」

ライバルを名指しして行う比較広告(これは比較ってほどではないけれど)は弱者の戦略。通常トップのメーカーはやらないですからね。
(あ、うちですか? 特にブランドにはこだわっていません。スーパーで安いの買ってます。)



「オーマイ」ブランドの知名度・連想度はダントツなんだろうが、パスタ売り上げのシェアでは必ずしもトップじゃないのか。


ちなみに再掲だが

 「オーマイニュース」の名前は、1999年の晩秋、呉氏がアパートでシャワーを浴びていた時に思いついた。当時、コメディアンのキム・クンジン氏の「Oh my God」というギャグが流行していた。これがヒントとなった。
http://www.janjan.jp/media/0504/0504185977/1.php

  老人はなぜ気が狂(ふ)れてはならぬか

老人はなぜ気が狂れてはならぬか。
魚釣りの名手で、たのもしい少年であったが、
飲んだくれの新聞記者になったこと、
ダンテについては何でも知り尽くしている女が
やがて、うすのろの男の種を孕んで子を生んだこと、
社会福利事業の夢をいだくヘレンにも似た女が
遊覧馬車に飛び乗って絶叫したことなどを見た人がいる。
人によっては、偶然が、良い人を飢えさせ、
悪人を発展させるのは、やむをえぬ成行と考え、
また、自分の近くの人々には、明るい幕(スクリーン)に描かれたように
明々白々に現れるとしても、傷心を知らぬ幸福な心、
門出にふさわしい結果をもった身の上話など、
何一つ見出だせぬということも、ありうる成行と思う。
若者どもは、かかることは、何も御存じない。
万事万端に油断ない老人には
このことがよくわかっているのだ。
古書典籍にいわれていることどもを悟り、
ほかにはよい術(すべ)がないと悟ると、
老人がなぜ気が狂れるかという仔細を納得する。



尾島庄太郎訳
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