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歌田氏の自著の紹介で気になる部分があります。

『20世紀のメディア 4』1996年
>彼(ヴァニヴァー・ブッシュ)の生涯から浮かび上がる「道をたどる」ことへの興味と、彼が生んだ「ハイパーテキスト」概念の結びつきを見ることで、ハイパーテキストのより大きな可能性を探る。

『科学大国アメリカは原爆投下によって生まれた』2005年
> いまのウェッブの「リンク」のもとになるアイデアを考え(中略)たアメリカの科学者ヴァニヴァー・ブッシュの伝記。

この二つの本は同じテーマを扱っています。大幅に再調査し新資料を探し出した、まぁライフワークというのは大げさだろうけれど、労作です。

 9年の歳月が「ハイパーテキストの可能性」を『「リンク」の元になるアイデア』に書き換えることになったのだなぁ、という感慨があります。

 しかし、本当にそうなのかという疑問を感じています。
ブッシュのアイデアは「ハイパーテキスト」どまりじゃないでしょうか。
大量の文献を効率よく読むための仕組みというのが基本で、それ以上の意味づけは、やや強引な気がします。

 1996年でもリンクはコミュニケーションの一手段として機能しており、無断リンク禁止論議も盛んでした。
 webサイトはハイパーテキストですが、リンクはコミュニケーションの問題、外のサイトとの関係性が問題となっていました。

 そういえば、リンクよりもメールこそがインターネットコミュニケーションの本質だ、という話が盛り上がってもいました。 チェーンメール、デマメールがよく話題になっていましたね。

 「20世紀…」の中で「ハイパーテキストのより大きな可能性」は、コミュニケーションツールの「リンク」を予感させるものとして論じられていたのでしょうか? 
「ハイパーテキストのより大きな可能性」は「マニュアル」「図書館」「新聞」、そしてラジオやテレビ・ビデオのようなメディアとしてのみ考察されているような印象を持ちました。
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