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昭和十九年十二月三十一日

◯一昨夜、敵三回目の空襲には油断があったらしく、両国、柳橋辺がちょっと燃えた模様。
 もっとも、あのときは前に警報解除が出、それに情報を加えて「まだ一目標あり、警戒中」と警報したのを、警報解除に安心しすぎて寝てしまったらしく思われる。「正確なる判断」が要望される。

◯昨夜は珍しく敵機来らず。たぶんいつものように十時ごろに一回、一時ごろに第二回目、第三回は三時ごろくると思っていたのに、一回もこなかった。わが航空隊がサイパンへなぐり込みをかけた故か。それとも敵の方で歳末新年は生活に忙しいせいか。
 私は壕に寝て、暁を迎えた。壕に寝るは寒く、身体が痛い。暁前の寒さがひとしおこたえる。目下下痢気味なのは、あるいは壕で冷えたせいか。

◯酒の特配に喜びなし。酒を呑まないためだ。煙草の特配に喜びなし、煙草は吸わないためだ。正月がくるというのに、一体何の喜びがあると身辺をふりかえったのに、三つの喜びがあった。一つは去る二十七日の敵機錐もみ撃墜のこと、第二は敵米英、ことに米の生産補充陣が大消費に喘ぎだしたというニュースしきりなること、第三に家族一同無事なること。



昭和二十年十二月三十一日

◯ああ昭和二十年! 凶悪な年なりき。言語道断、死中に活を拾い、生中に死に追われ、幾度か転々。或は生ける屍となり、或は又断腸の想いに男泣きに泣く。而も敗戦の実相は未だ展開し尽されしにあらず、更に来るべき年へ延びんとす。生きることの難しさよ!
 さりながら、我が途は定まれり。生命ある限りは、科学技術の普及と科学小説の振興に最後の努力を払わん。

◯ラジオにて寛永寺の除夜の鐘の音を聞く。平和来。昨年は「敵機なお頭上に来りて年明くる」と一句したりけるが、本年は敵機もなく、句もなく、寝床にもぐり込む。



昭和二十一年十二月三十一日

◯大三十日(おおみそか)の特徴は、速達の原稿料払いが三つ四つもつづいたこと、荒木さんが印税を持って来て、これが終りであった。
 こっちも最終の払いをすませた。小為替と小切手で二万二千円ばかり、現金にて五千円ほど手許にのこった。

◯岡東浩君来宅。葡萄液と角ハムとキャンデー四つとを貰った。
 こちらはめじまぐろ[#「めじまぐろ」に傍点]で、少しばかりあった酒を出す。そしてニュージランドのオクス・タンの缶詰をあける。たいへん美味しいとよろこんでくれる。この缶詰は半年もあけずに辛抱していたものである。

◯萩原氏はこの家を売るという。財産税を支払うに金がないためであるという。この家を買ってくれと頼まれているが、四十三坪あって、値段は十五万円位と最初の噂であったが、もっとあげるつもりかもしれない。十万円ならなんとか出せると思うが、十五万、二十万では仲々たいへん、いろいろな無理な工作を要し、且つ無一文となるから、そんなに出して買いたくなし。都合によれば、はなれをのこして本屋だけを買い、家族の居住を確保しようと方針を定めた。

◯ヤミ屋と華僑とが街を賑かにして賑からしくやっているが、大多数の国民はそのそばを素通りするだけだ。恐ろしくはっきりと区別のついた別の世界がわれらの傍に出来た。こんなにはっきりと二つの世界が出現したのは始めての経験だ。松飾りも買わない正月(ヤミ屋をわざわざよろこばせてなにになるか)、かまぼこ[#「かまぼこ」に傍点]もきんとん[#「きんとん」に傍点]も街には売っているが、うちにはない正月(高いだけではなく粗悪で、とても買って来て届けられないと魚屋さんがいう)、汁粉屋だ中華料理だ酒だ何だと街には並んでいるが、そっちへは近づきもしない正月(ちがった世界の人々のために用意されたものであろう)――前の正月は、何にもなくてあっさりしていたが、こんどの正月はものがたくさんあって、しかもそれは買えないか、インチキもので手出しをすると腹がたつ、いやな正月である。昔、話に聞いた上海(シャンハイ)、北京(ペキン)やイタリヤの町風景と東京も同じになったわけである。しかし、これから先の正月は、更にそれが激化するのではなかろうか。

◯ラジオを聴きながら寝る。菊田一夫構成の「五十年後の今日の今日」の苦しさよ。そのうち除夜の鐘がなり出す、東叡山寛永寺のかねがよく入っていた。



海野十三敗戦日記 より
http://www.aozora.gr.jp/cards/000160/card1255.html


海野十三は1897年生まれ。 この日記を書いたころは五十歳。妻が三十八歳、長女十六歳、長男十四歳、次男十二歳、三男が十歳、養母が六十四歳という家族構成だった。
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