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janjanだと、記者にミニコミ誌(懐かしい言葉だな)の経験がある人が意見や企画を出しているという印象がある。 雑誌を一から手作り、企画を考え取材して記事を書いて売るという一連の行為を経験した人もいるように見える。
「草の根」ということを、それなりに理解・体験しているのではないだろうか。

ライブドアPJが発足したのは2005年2月。 つい最近のような遠い昔のような…
当時のネット記事を改めて読んでみると、いろいろと懐かしい。 ほりえもん事態が社会現象でもあり、ニッポン放送買収騒動の渦中での船出だった。

妙にさめている堀江社長と、変に熱い小田光康編集長のコントラストが奇妙だった。
『大手メディアの記事の配信をうけたうえで、その「彩り」として載せる』(注1という評が、やはり適当だったように思う。

ライブドアPJは、ジャーナリスト主導じゃなくてIT業界主導という印象。
敢えて言えば「くちコミサイト」を発展させて、そこにジャーナリズム機能を(おまけで)追加させたような感じがする。

8千円を払って、正味7時間の研修を経て記者登録… 微妙ではある。 
つまりは在野の「凄い人」発掘ではなくて、「素人記者募集」ということだから… どこか志が低いという印象が有る。
「安上がりにしろうとを雇ってニュースを補強」(注2という批判は当初からあった。

***

韓国でもblogの発達のためか、一時の勢いのないオーマイニュース創設者呉連鎬氏。
ブランドとしての「オーマイニュース」が欲しかったSB孫正義氏。
二人が集めた日本版創設スタッフは、ネットとは縁が薄かった新聞社勤務経験者を中心とした布陣だった。
ここあたりの経緯が、かなり謎だ。 先行したニュースサイトを研究した結果とも思えない。

韓国版がversion1、international版がversion2で、日本版がversion3の最新版になると思いきや…
最近のトレンドを全部入れるものとばかり思ってたのだが…
出来たのは、なぜかβ版。 最初から作り直しした形だ。
韓国版やinternational版のサイト継承しないで、日本独自路線で行くと決めたのは、かなり謎だ。
韓国でのビジネスモデルは、そのまま日本で適用できないというのは当初から指摘はされていたが、システムそのものまで作り直すのは理解できない。
謎ばかりが多い新事業だ。 どこまで本気だったのだろうか。 7億円を使うようなプロジェクトとは思えないような杜撰さを感じる。

とりあえず、見栄えだけは他のニュースサイトに似てはいるが、ここまで操作性が最悪なサイトを作らせるのは、実際にはネットを利用したことのない人が主導したからなのだろう。 活字媒体のデザイナー優先でSE不在というか…、ユーザーも不在だ。
IEでのスクリーンショットを雑誌に掲載させることのみにこだわった設計のように感じる。

草の根」経験のありそうなjanjan編集部、ITベンチャー業界の色が濃いライブドアPJに比べると、オーマイニュース編集部は、エリートというか「マスコミギョーカイ」的な印象。
マスコミ業界の中では、それなりに有能では有ったのだろうが、会社の肩書きで仕事が出来ていたのか個人の力量でやっていたのか、かなり怪しい。
普通のポータルサイトだったら、それなりの仕事は出来た人たちなのかもしれないけれど…

創刊初期には「オーマイ速報」もあった。 他メディアのニュースをまる写しした転電までして「総合ニュースポータル」という形にこだわっていた。
これも、活字メディア出身者の発想のように思う。
体裁やページ総数があらかじめ決まっていて、空白は許されない。埋め草的記事がどうしても必要だという習性が抜けていなかったのではないか?


janjanやライブドアPJをそれなりに研究した部分が有るとすれば、アクセス数はそれほど稼げないという事のみじゃないのだろうか。
開設当初だけは爆発的なアクセスが殺到したけれども、これはあくまで想定外で、先行した市民ニュースサイトと同程度のアクセスしか見込んでいなかったように思える。

とはいえ、編集部としてはアクセスアップを図らなければいけない。
ビジネスという側面以外にも、佐々木俊尚氏は「場の中立性」という面からも参加者の増大が必要と考えていたようだが…

http://opendoors.asahi.com/ronza/story/
 「水清ければ魚住まず」という言葉があるが、ノイズのない場所、石のないところからは素晴らしい「玉」は生まれないのである。つまり、市民参加型メディアでは、玉石混交を前提にしつつ、母集団をできるだけ大きくするということが大切なのだ。



コメント欄は「この記事にひと言」と題されている。 表示されるのは5つのみ。
これは「ひと言」以上のコメントは欲しくないし、また読みたくもないし、誰も読まないものだと考えていたとしか思えない。
それが若干変化して「コメント欄も大切だよ」とアドバイスしたのは佐々木氏かな。
アクセス数アップには、最も手っ取り早い方法だ。

創刊時の鳥越編集長は、『異なる意見戦う場に〜創刊にあたって』という創刊の辞を書いているが…
http://www.ohmynews.co.jp/InterView.aspx?news_id=000000000083

しかし誰が、どこで、何と、どうやって「戦う」ことを想定していたのか、かなり疑問に思う。
「市民記者が、オーマイニュースで、右傾化した日本に、良質な記事を大量に投稿して、戦う」というイメージしか無かったのではないか?
市民記者が一致団結したいくようなことを考えていたのだろうなぁ…
オーマイニュースという場を「壁新聞」というイメージでしか捉えていないのではないか?
現実には記者vsコメンテーターという形になってしまった。


それにしても喜怒哀楽驚マークは誰のアイデアなんだろうか? 最初からあったのだろうか??
キャラクター掲示板は珍しくないけれど、喜怒哀楽驚恐という表示にしたのは独創的(?)なのかもしれない。 鳥越編集長のアイデアなのかな。

スラッシュドットやdiggのカルマなどと一見似ているけれど、記事の評価に繋がるわけではない。 まったく無駄な機能だ。

***
オーマイニュース日本版は旧態依然とした壁新聞とweb2.0の不器用な結合だったと思う。
普通の「壁新聞」のみを目指していたならば、それなりにニッチな需要は有ると思う。
そこにweb2.0という概念を、むりやりくっつけたため、ここまで混乱したのだろうな。
 


(注1
歌田明弘 仮想報道 「ライブドアの復讐が始まった?」
http://blog.a-utada.com/chikyu/2005/02/post_2.html
(注2
パブリックジャーナリズムとは子ども新聞のことだった。
http://d.hatena.ne.jp/wetfootdog/20050316/p2
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