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なぜこれだけの騒動になるのかが、やはり、いまだによく解らなかったりする。
左右新旧とか地域差じゃぁ説明つかない気がする。 ペット観の違いなのかなぁ?

・坂東氏の行為
・崖から投げ捨てること
・その理屈
・それを載せる日経新聞

と分けて書いてみる。

「間引き」を非難するのは、いきすぎだと考えている。
崖から…は まぁ、有りだと思っている。 川に流すのが伝統的方法だとは思うが、しょうがない。

その理屈
ペットの間引きと言えばいいのに「子猫殺し」という過剰な意味づけをしちゃっているところに、最大の問題があるように思う。
自分の気持ちと猫の気持ちを重ね、避妊ではなく間引きを選ぶという理屈は、かなり個人的な事情によるもので、理解されにくいだろう。
「猫はあくまでもペットであり、避妊も間引きもやむなし」と言い切るならば(わしはこの立場)ひとつの態度として、一貫していると思うのだが…
坂東氏は自分の気持ちと猫の気持ちを重ねているが、これは批判者とも共通する感情だ。 そこあたりで、奇妙に論理が混乱している。

「ホラー作家」だから非常識…のようなありがちな偏見は、ちょっとなぁ… 常識や良識を強く意識するからこそ「非常識」の部分が書けるわけだから。
ただ、その「常識」の分析に独自の偏向が有るようだ。

日経新聞は、特に悪くないと思う。
文頭に「糾弾されるかも…」という断りはあるし、これで青少年に悪影響というのは言いがかりのように思う。
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「一万年の蜜月」に寄せて
URL 2006/09/15 20:48
坂東眞砂子氏のエッセイ「子猫殺し」に端を発して、この3週間ほど、私は様々に思いをめぐらし、いくつかのエントリを上げてきた。 私自身の立場はその中でも繰り返し語ってきたが、先日、「文芸春秋」に呉智英氏が意見文を発表され、氏と(当初の)私の立場が同じであり、・
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